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東方project二次創作ブログです

   
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みこふとログ
ピクシブから再録しております

【幻想郷で朝食を】
 運命は回る。それは、まるでそう。

 神子様、と呼ぶ声はいつも無邪気だった。なあに、と答える私の声は逆にいつも低かった。私は布都とは違い、常に女らしさというものを欠いていた。為政者としての自覚を持たなくてはならないという強迫観念のようなものがあったのかも知れない。
 幻想郷に住まいを構えた私たちは、余りにも長い眠りのなかで、たくさんの物事が変わったのだということを知った。当たり前だと言えば当たり前なのかも知れない。私たちの時代は最早歴史のほんの片隅にすらないくらいなのだから。
 山の斜面に庵を結び、屠自古と布都と住まいはじめた。この世界にはずいぶんと様々の種類の生き物があることも分かった。時々霍青娥も顔を出すが、彼女は道教の考えを貫きたいと言って、今の住処すらも教えてくれない。
 道教を捨てたというわけではないが、それに拘っていても今更無意味であると言うことを知ってしまった私たちは、さてどうしようか、と戸惑っているところだった。霊夢に聞けば、そんなことはそのうちわかるから、しばらくは久しぶりの外の空気でも吸ってのんびりすれば、と言われた。慣れないことをしているので不思議だったが、ここには欲を訴えかけてくる者も訪れない。或いはそういったことを求める客がそのうち訪れるようになるのかも知れないぜと魔理沙は言っていた。そうなると、早苗との客の取り合いだな、とも。
 生憎と客を取るつもりも、そもそも早苗と争うつもりもなかったが、それはそれで幻想郷に馴染むというのはそういうことかも知れない。ひとまずはゆっくりしようと自分に言い聞かせた。
 屠自古は亡霊となっていたためかあまり言葉も話さず、気がつけばふわふわといなくなって、ふわふわと戻ってくるようなことが多かった。まるで飼い猫のようだった。そう言うと、布都は嫌な顔をした。
「あんなのに、猫だなんて勿体ない!」
「そういうところは変わっていないね」
 君は相変わらずだ、隣にとすんと座った布都に笑うと、そうですか、と布都は首を傾げた。そして二つ並べた湯呑みを私との間に置く。
「はい、お茶ですよ」
「ありがとう」
 布都はもともと神に仕えて捧げ物をする少女であった。その役割が名残を引いているのか、彼女は料理を作ってくれるのが上手だった。私は布都のそう言うところを好ましく思っていた。
「君に直接茶を頂ける時代になるとはね」
「時代、というか、世界ですね」
 常にすだれごしに会話をしていたような大昔とは違い、形式張った上下関係については好ましく思えなかった。だから私は昔のことなどおぼろげにしか覚えていない体で布都に接している。布都も若しかすると同様なのかも知れない。ただ話に出さないだけだ。
 私は、覚えている。
 秘密の共有者として、彼女を見るとき。物部の集団の中で、彼女とだけはいつでも目があった。彼女を見るたび、私の心の臓はきりきりと締め上げられて、秘密を隠しているだけではない衝動に駆られていた。今よりも周りに纏った空気の硬かった彼女は、陰謀の最中、そして神に仕える少女たる立場に、ひた隠しにするべきものが多すぎて、きっとああやって冷たい印象を与えていた。それが、たまらなく美しかった。
 今、隣でふふ、と笑う彼女は、すっかりあの冷たさはなりを潜めて、これくらいが普通だった、くらいの距離で話してくれる。それでも、きっと私は覚えている。眠りから覚めたとき、私の眠る神霊廟の前で、スペルカードを唱えた布都の姿。美しく回る仕掛け車に霊夢を閉じ込めて、じっと見つめるあの横顔。
 私だけを守ってくれる。
「布都」
「はい」
「今の気分はどうだい?」
 尋ねたくなったのは何故だろう。
 布都は笑った。
「神子様の隣にいられて、とても幸せです」
 あのときと同じように心の臓を貫く矢。
 今の私にたったひとつ意味をくれる、布都は何も考えていない顔で笑っている。

【夢のあとさき】
「布都は眠っている間、どんな夢を見ていた?」
「夢、ですか」
 隣で眠りに就く前、ふと尋ねてみた。
 髪を解いた布都の、その髪はずいぶんと伸びたと思った。単に髪を昔のように結い上げなくなっただけだろうか。いつでも為政者として髪を短くしていた神子には、少し、彼女が遠くなったように思えて寂しかった。
「そうですね、きっと夢などは見ていませんでした」
「え」
「太子様がお目覚めになるまで、我の役目は何も無かったのです。我の夢は太子様の夢を守ることでした」
 目が覚めたとき、神子の目にまず飛び込んできたのは自分の目覚めを待っていた神霊たち。彩り豊かなその世界はまるで夜空に瞬く星が落ちてきたようだった。
 そして布都の声、スペルカード、その威圧感。それらが全て、自分のものだということ、それは、至福であり、同時にどことなく恐ろしいことでもあるような気がした。
「そう」
 布都は、それがどうした、という顔をしているのだろう。隣で眠るということもこれまでなかった神子の時代のことを忘れた、ような顔をして、それでも今も神子に仕えるという顔をして。
 それが、あの頃の常識だったのだし、そういう状況ではなくなった今、欲を持つのは周りの神霊でもなく、寧ろ自分だというから笑える。
「では今夜は、どんな夢を見るの?」
「今夜ですか」
 布都は、少しうつらうつらとして蕩けていた声に張りを取り戻した。彼女の高い声は耳にしんと染みいり、いつも神子の心をほんのりと温めてくれる。
 できれば、布都にも、そう感じて欲しかった。
 彼女の、余りにも何も分かっていない態度、それと裏腹に、余りにも自然だから揺さぶられる言葉。
「神子様と、同じ夢を」
 名前を呼び分けるのは、一体何故だろう。
 たまらず隣に眠る彼女の身体に乗り上げそうになった。欲を知り分けた神子だから、その名を何と分類すればいいのかは知っている。ただ、その出所も、なぜそれを布都に持ち合わせるのかも、まだ知らない。だから実行できない。
 夢を見る前に、今夜眠れるだろうか、神子は気付かれないように溜息をひとつ、吐いた。



 ふたりが密会するのに、まさかそのままの身分でそのままの格好で会うことなどあってはならないことだった。かたや為政者たる娘、かたや神に仕える娘である。
 だからいつも、ふたりは使用人の着物を着て、顔に埃を叩き、頭巾を被っていた。それも、神子は必ず男の着物を、布都は必ず女の着物を着て、生け垣の際で。それはまるで、ただの男女の逢い引きに見えるように。
 神子は元々背丈もあったので、頭巾で髪の毛を隠せば、男に見えた。その凛々しい姿を見るたびに、布都は、いけないのだ、と思う。
 本来、布都は、直系とはいえ所詮物部の娘である。一方の神子は、帝に連なる正統な血筋の者だ。立ち話はおろか、直接顔を合わせて話すことすらままならないのがふつうである。
 それが、たまたまふたりが道教を介して出会えたから、こうして話すことが出来るだけだ。
 それにしても神子はやるときは完璧にやる人間だった。きちんと逢い引きに見えるように、まだ幼い布都の身体をやわらかく生け垣に押しつけて、まるでそれはこれから縺れ込むような男女そのもののように振る舞って。
 そうすればはしたない一組の恋人から人々は目を逸らしてくれるから、確かに自分たちにはこの上なく優れた格好だった。だからといって整った顔立ち、為政者が目の前にいて、そして秘密を分け合っているなんて、こんな話があるだろうか。
「太子様、近いです」
 試しに注文をつけてみた。ほんとうは時の為政者に注文をつけるなんてそれだけで打ち首ものなのに、神子はそれを聞いて笑いとばした。
「何を言うのだ、私たちは同じ秘密の共有者だし、女同士だ。すこし堪えてくれ」
 そんなことを言う口で、計画の内緒話をされて、布都は、仕方がなかった。
 目の前にいる人間が男であるか女であるか、自分の目上の立場であるかどうか、そんなことがどうでもよくなって、ぐらりと身体を傾けて甘えたいことがよくあった。修行すべきものとして実に恥ずべきことだった。それでも、それくらいに、布都は目の前の人間が欲しくて仕方がなかったのだ。
「……太子様の言うことならば、承ります」
 布都が俯いた理由は、きっと神子は知らない。
 それこそ、布都が墓場まで持って行かなくてはならない秘密だった。



 幻想郷に家を構えたかと思うが早いか、隣に布団を敷いてみようよ、なんて言い出すものだから、この人の考えていることは昔からぶっ飛んでいて意味が分からない、と布都は思った。もちろんそんなことを直接伝えることはけしてしなかったが。
 人と眠った覚えなんて乳母くらいしかないね、と神子は言っていた。やっぱりあなたは昔のことを覚えているんでしょう、聞こうと思ったけれども、聞けなかった。あの密会の背徳感はこの世界ではきっと味わうこともない。ただ、隣に神子がいる。ここのところ、毎日心臓が爆発しそうだ。
 交わした会話を終えたとき、神子が小さく溜息をついたのが聞こえた。夢を見たほうがいいのだろうか、と布都は焦った。千四百年間夢を見なかったのは本当だ。だって、起きたときに神子に合わせる顔のことだけを考えていた。
「神子様は、どんな夢をご覧になりますか?」
 声だけは、いつもの浅薄なものに聞こえるように。この心臓がどれだけ脈打っているのか、聞こえないように。だって、この人はあさましい欲なんて、全部見通してしまうのだから。
 神子は、んー、と言って、布都の方に寝返りを打った。なんだろう、と思う間もなく、掛け布団ごと抱きしめられて、布都は思わず、え、あ、あの、と声が上ずった。
「わかんないけど、眠れないから、布都があっためて」
「は、はい」
 布都は思うのだ。
 この人が隣にいてくれる世界になったのだ。夢など見ている暇が惜しい。
 ただ、あの頃の、あの目線だけで人一人切り伏せられそうなあの人の目を知っている自分が、こうして、この人のことを独占できる。
 それ以上、どうしていいかなんて分からない。

【夕暮れ永焰鳥】
 そこは夕陽丘と呼ばれていて、夕方潮が満ちると、神子が造った鳥居が丁度足下くらいまで海に浸かる場所だった。神子は布都の家族に遠慮をして、鳥居のある寺を都の近くに造った。遠慮をしたのか、遠慮をしている振りだけだったのかは知らない。少なくとも、神子は直接物部に手を下したわけではないので。
 布都は自分の髪を隠すように頭巾をかぶり、鳥居の下でその夕日を眺めていた。その光景は完璧で、この鳥居の向こう、秋と春には綺麗に真っ直ぐ夕日が落ちていく。神子はまだ来ない。きっと昼の光が消えなければ、彼女は現れないだろう。鳥居の足下に集まるのは社会の救済を受けそびれた貧民たちで、頭巾を被っていても布都はその中で浮いているのを知っていた。ただ、布都も懐刀を携えていたし、そもそも神子が造った景色のなかで、そんなおかしなことを考える人間はいない。
 兄たちが蘇我に追い立てられているなか、布都もそろそろ心を決めなくてはならなかった。もとより、何時か生まれ変わるのに拘るべき器ではない。それは教えにも背くし、何せ布都だってこの本懐を遂げるために、生きるべき時代を誤ったのだとしたら違う時代に生まれ変わればいいだけのことだった。
 なにより、布都を死なせてくれる人は、神子なのだから。
 頭巾を深く被り、落ちる夕日をながめていると、ああほんとうにこの世には美しいものしかないのだろう、と布都は思わずにいられなかった。どうせ抗うことの出来ない定めがあるのならば、せめて選び取るものだけは自分の恋しいものだった方が良いに決まっている。そう言う意味で、布都はいま、あまりにも神子に満たされていた。
 布都の前に細身の男が立った。否、それは男ではない。
「太子様」
「ここでその名前はいけない、こちらへ」
 神子は布都よりも大きな手で布都の手首を掴むと、鳥居をくぐった。布都にとってこの鳥居は、自分に残された現世での時間には余りにも意味のあるものだった。神子はこう言っていた。
『私は君を傷付けたくないから、こんな些細なことでも、やっておいて意味があるのなら立場なんて気にしないよ』
 例えふたりが道教に歩もうとも、現世にもたらされた立場というものは揺るぎなくふたりの生きた歴史であり、その中で布都が神に仕える少女の地位だったことを、神子は無碍にしなかった。それをくぐり、参道の脇道を逸れて、神子は迷わずひとつの部屋に辿り着く。
「今度は何を?」
 縁側のある部屋は、寺の敷地のなかでもすこし高いところにあった。櫓かなにかなのだろうか。いままさに沈みゆく夕日が橙と青の境界を暈かし、神子に促されて座った縁側はうつくしい難波の景色を見せていた。
「きれいだろう?」
「ええ、とても」
 神子がここに布都を連れてきた意図が分からないけれども、神子が見せてくれた夕暮れは、きっとこの都の辺りで一番綺麗な夕暮れだったのだと思う。少なくとも布都は生まれてこの方、そんな美しいながめを都で見たのは初めてだったように思った。
 否、ほんとうはもっと綺麗なものを沢山見てきているとは思う。ただ、それを神子が用意してくれたとなると、それだけで格別だった。神子は、沢山のうつくしいものを見て、囲まれて、それでも自分の心境を曲げない。そして、それを布都に分けてくれる。
 神子についていくと決めた今、それはあまりある幸せだった。
「君には明るいところが似合う」
 ふと神子が言った。何を言い出すのだろうと首を捻るよりもはやく、彼女は続けた。
「だからこそ、こういう夕暮れを君と見たかった」
「神子様」
「何年の眠りになるか分からないでしょう、君にはひとつでも私の好きなものを見て欲しいから」
 彼女の言葉に他意はなかったのだと思う。余りに多くの欲を聞き分ける神子に対して、布都は自分の欲を話したことはなかった。ただ、ただあなたのそばにありたいと、それだけしか伝えていなかった。
 その神子が、布都に自分と同じ景色を見せてくれると言うだけで、それ以上何を望むことがあろうか。思わず呟いた。
「我は果報者です」
「何故」
「こんなうつくしい夕暮れを目に焼き付けて、逝けるのですから」
「……そう」
 神子の躊躇いは見て取れたけれども、それをどう解釈すればいいのか分からなかった。うつくしい秋の日、それはもう少しで布都が眠る冬の前、遠くの難波の海と合わさって、布都の生前の最も美しい思い出である。

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