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東方project二次創作ブログです

   
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マリアリログ
ピクシブから再録しております

【夜明け前の青苺】
「魔理沙、あんた、ほんとは春度なんかどうでもいいんでしょう」
 魔理沙の力尽くの弾幕に煽られてぐしゃぐしゃになった髪を軽く撫でつけて整えながら、アリスは言った。その仕草がちゃんと女の子らしくて、魔理沙はすこしだけ目を背けた。アリスのそう言う部分は卑怯だと思う。
 どうでもいいかと言われると悩ましい。とりあえず、魔理沙は、んー、と答えた。真実である部分と、真実ではない部分のある指摘だったからだ。
「春度集めたら、花見できそうだろ?」
「そうなの?」
「そうだろ、春を集めてる奴の企んでる事なんて花見に決まってる」
「まあそうね、そういうことにしましょうか」
「だから、集めてるのが誰かは興味があるな」
「そうなの」
「すっごい花見をしたいやつが、いるんだろ?」
「そう……そうね、幻想郷中の春を集めて、花見をしようってする人だもの」
「参加しないわけにはいかないだろう」
「確かにそうだわ。でもそれならば、幻想郷にいるありとあらゆるモノやヒトを誘ってくれないと割に合わないわね、こちとらこんな寒い思いをしているんだから」
 アリスはそういってうふふと笑った。魔理沙もまったくだと思った。
 具体的に、この先にどういうものが控えているのか、魔理沙はまだ知らない。アリスもたぶんまだ知らないと思う。弾幕ごっこに勝った事で、彼女の春を受け取った手元からは、甘い花のにおいがした。なんの蜜だろう。彼女も不思議な生態をしているので、どんな花の香りがしても不思議ではないし、不思議だった。
 ただひとつ言えるのは、笑った彼女の横顔はとても白く映えた。花のかおりがするのとは裏腹に、あらゆる物事を跳ね返すような硬質さがそこにあった。冬の終わりの気配が僅かに香る夜明け、白み始めた空の光をまともに受けるアリスの顔は、まさしく彼女の抱えている人形のようだった。
 魔理沙は隣に座っていた。遠くから桜の花びらがヒントのようにちらちらと散ってくる。もしもそれが開ききったら、花見には間に合わないだろうと分かっていた。急がなくてはならなかったのだ。だから、夜明け前には発つつもりだったのに、アリスのその横顔に見とれて、魔理沙は動くことができなかった。
「ねえ、魔理沙、春がきたら」
「うん」
「うちの庭にも苺が生るわ。タルトを作ってみたらきっと美味しくできると思うの。だから魔理沙、早く幻想郷の春を取り返してね」
 アリスは妙に早口で言った。横顔はまるで良くできた陶器の人形のように動かず、光が照り映えるのみだった。
 彼女のタルトはきっと美味しいだろう。そして彼女の庭で育てられた苺ならば、それはきっとさぞ、甘くてみずみずしいだろう。彼女がそれを砂糖で柔らかくまとめて、タルト生地にひとつひとつ埋めていく光景を思い浮かべると、魔理沙は胸の奥の方から熱くなるのを感じた。
 魔理沙の想像するアリスはまったく、人のようだった。小綺麗な台所をくるくると動き回る。時々人形を操って手伝わせながら、アリスの指先は綺麗に粉を叩き、苺を載せるだろう。それをどうして魔理沙に話したか、魔理沙には思い浮かべた情景と同じくらい、鮮やかすぎるくらいに分かった。
 彼女の言いたいことが、手に取るようにわかるのが不思議だった。魔理沙とアリスはまったくタイプの違う生き物だったし、魔女としての格ならばたぶんアリスの方がよほど上なのだと思う。にも関わらず、魔理沙はなぜかそのときアリスを、抱きしめたいほどいとおしい幼い子供のように思った。
 自分がどうして幻想郷にきたのかなんて覚えていないし、きっと思い出す必要がないから忘れているのだと思う。気づいたときにはこんな様子だった魔理沙は、誰かに庇護されてきた覚えもなければ、誰かを庇護してやったこともない。
 それでも、アリスのことは、なぜだろう。
「じゃあ、私がその苺のタルト、食べに行ってやるからな」
「は?」
「むしろそのタルト持って、お前も春度集めてる奴のところまで行こうぜ。花見はにぎやかで人が多い方がいいし、菓子も多い方がいいだろ、な?」
 誘いかける文句はいつも通りだと思う。ただ、こうして弾幕勝負に興じた後なので、いつもよりもすこし乱暴な物言いになっていないかが怖かった。
 虚を突かれた表情をしたアリスは、それでもふうわりとうれしそうに笑った。こちらを向いた瞬間、まるで人形のように丁寧に張り巡らされていた白い結界がほどけるのが、魔理沙の目にはなぜかはっきりと見えた。
「あなたがそういうならば、仕方ないわね」
 アリスはほんとうにそう思っているようだった。魔理沙が珍しく気を回してやったのにそういう物言いしかできないアリスのことが、不思議なことに、まるで嫌ではなかった。彼女のことだから仕方ない、むしろ彼女にそうやって関わってもらえたことがうれしい。
 庇護している、とは少し違う。けれども彼女を放っておけない。誰もに対して等しく興味のあるつもりだった魔理沙にとって、不思議な感触だった。その白い壁をはがして、むき出しの彼女の血色にそまる頬を見たとき、魔理沙は確信した。
 ああ、どうやら私は、こいつの心を動かしたいらしい。
 そういう衝動のことはよく聞き知っていた。熱と光の魔法を扱うのに、衝動の源を知っておくほど良いことはない。たとえばそれがこういう場面にくれば来るほどなおさら、魔理沙は自分のうちに秘めた力が強くなるのを感じ取るのだ。
「ああ、帰ってくるまで逃げずに待ってろよ」
 魔理沙はそう言い捨てて、挨拶もせずにほうきにまたがって飛び立った。暁の空は目を細めるほどまぶしかったが、一刻も早くアリスのところに戻らなければならなかった。なので、光に向かって飛んでいく事は、仕方のないことだった。
 この気持ちを何よりも良く知っている。むしろ幻想郷の誰よりも、知り尽くしている存在でなければならない。だって魔理沙はパワーで魔法を扱う魔法使いだ。
 それでいて、この感情は魔理沙にとって、はじめての体験だった。心の持ち方としてどうするべきか知っているこの恋という衝動を、はじめて自分で動かすことになった。
 もう動くことを止められないのだ。
 魔理沙の飛んでいく軌道には、彼女の弾幕の小さな星が飛行機雲の代わりに残る。全く隠れるつもりもないその堂々とした姿を、アリスがぼんやりと眺めているのに、魔理沙は一度も振り向かなかった。
 そうして残されたアリスがぽつんと魔理沙が小さくなるまで見送った後、タルトの仕込みをしようと自宅へ向かって飛び立ったとき、ほんのりと染まった頬の色は人形にはどうやっても再現できない淡紅、まさしく恋の色だった。

【たった一つの許されざる】
(あなたのことは誰よりも好きで、思わず壊してしまいたくなるくらいに好きなんだけど、きっと知らないわよね、でもそれでいいわ。あの妖怪が言う通りよ、恋は不思議でもなんでもない、必然だから、存在してはいけないもの)

 それはよく分からない衝動だった。珍しく魔理沙の家を訪ねてきたアリスが言うには、パイを焼きすぎて余っているから持ってきたの、と。パイは口実だと魔理沙は即座に悟った。その日のアリスにはおかしい事が多すぎた。カチューシャはしていないし、オーブンの天板を素手で持ちでもしたのか、手のひらに火傷をしたの、と包帯を巻いている。何よりも、普段必ず連れ歩いている人形を一つも連れていない。
 誰かに何かを吹き込まれたのか、そうだとしたらおおかた霊夢か紫あたりであろうが、そこまでは魔理沙の知った事ではなかった。アリスの全てに興味はあったが、そちらの追求を急げばパイが冷めてしまう。あらゆることをいつも通りに振る舞えないでいながら、魔理沙に食べさせようと思って、と言って南瓜のパイを焼きたてに保つ魔法を掛けていたアリスの思惑を無視できない自分も大概馬鹿だった。
 彼女のパイはいつも通り完璧で、懲りずに毎度毎度完璧なものを作っては魔理沙の基準を引き上げていく彼女は、今日はどうにも上の空だった。異変の噂は聞いていないし、アリスの家の辺りで事件があったという話も聞かない。それならばやはり問題はアリス自身か、あるいはわざわざ訪ねてきた魔理沙のどちらかにあるのだろう。
 彼女の事を無条件に全て理解できない事は仕方のない事だ。自分たちはこうして、違う形でこの世に生を受けた。幻想郷という場所で出会ってしまったのが最後だろう。他の存在に今更成り代わる事も出来ない。アリスの考えている事は推察する事しかできない。人間とはとても不便なものだ。
 ただ、彼女の細く、金色にはためく髪が、カチューシャがない分だけいつもよりも落ち着きを無くして視界の端で踊った。整然と片付いていていっそ悪趣味なほどのアリスの家ではない。ここは魔理沙の家だ。そしてアリスはひどく無防備な状態でここに飛び込んできた。
 それを、ピースだと思って捉えた段階で、結論は決まっていた。
 ソファに押し倒すと、アリスはひどく驚いた顔をして魔理沙を見上げた。
「アリスが悪い」
「何よ」
「どうなるか分かってたはずだ」
「どういうこと」
「好きだ」
 魔理沙とアリスはいつもぎりぎりの線で互いの気持ちを吐露することなく、いままで上手くやってきた。少なくとも魔理沙はそう思っている。この性格だから理解されにくいのは分かるが、無遠慮なように振る舞って魔理沙は最後の最後、踏み込めない。アリスはいつだって誰にも優しいから、たぶん魔理沙の事を一番気に掛けてくれているとは思うが、それが魔理沙の勘違いだったときにはきっと自分が手に負えない。
 それにいままで、よほどの事がない限りは全て、魔理沙はなんの衝動も形にしようと思った事はなかった。アリスの家を訪ねると人形がいたし、外で会うときにも幻想郷には誰かの目があった。ここだって、魔理沙の家だと言ったところで所詮は幻想郷の魔法の森の一角、誰にどんな風に見られていたっておかしくない。
 それでもアリスはきわめて無防備に魔理沙の領域の中に飛び込んできた。いっそ魔理沙の方が驚いたぐらいだ。冷静さが売りのアリスがそんなにもふらふらと魔理沙の中に飛び込んできて、病気かと思ったが少々ぼんやりしている以外にアリスの異常は見受けられない。
 誰かに何かを吹き込まれて、考えすぎているのだと思う。分かっている。無計画に踏み込めば、自分たちの関係の全てが崩れてしまう事を魔理沙は知っている。幻想郷というのは全ての不思議を受け入れると言うけれど、恋なんてものは不思議でもなんでもない。ただ、揺らぐことしかできない熱がそこにあるだけのことだ。
 魔理沙が気持ちを吐露した途端、アリスは目に見えて慌てた。人形を使おうとしたのだろうが、彼女は今日、自分で人形を連れてきていなかった事すら忘れていたらしい。人形を扱うのに使っているピアノ線をどうにかしようとしたらしいじゃじゃ馬な手首はソファに縫い付けた。
「何を言っているの」
「アリスの考えている事が知りたい」
「そんなの、何も考えていないわ、いつも通りよ」
「嘘だ」
「嘘じゃないわ」
「じゃあ私に好きだなんて言われてどう思うんだよ」
「私は魔理沙の事が嫌いよ」
「、そうか」
 早口のやりとりから得られる言葉なんて大した深みはない。アリスだってほんとうに魔理沙の事が嫌いだというのならば、わざわざパイを焼いて届けに来てくれやしないだろうと魔理沙だって分かっている。
 それでも面と向かって言われたものはショックで、肩を落とした。ほんとうにアリスには魔理沙に対してどうにも思わない気持ちしかないというならば、この魔理沙の気持ちだって口にしなければ良かったのだろう。それでも拘束したアリスの手が離せない。白く細い手首が抵抗するようすを全く示さないから、つい手にしていて良いような気がしてしまうのだ。
 見下ろしたアリスの眦に涙が溜まっているのが見えた。ああそうか、泣きたいくらいに嫌なのか、と魔理沙の中にアリスの言葉はすとんと落ちてきた。嫌いな奴にのしかかられたままなのも手首を掴まれているのもさぞ嫌だろう、それならば何故この家に来たのだろうかと思いながらも、魔理沙はなるべく静かに体を引いた。
 どれだけ動転していたのだろうかと自分を笑い飛ばしてやりたくなった。しっかりと上からのしかかった体はアリスの手首と足首を戒めていたわけで、それを除けてやらなくてもほんとうはアリスならば魔理沙の拘束から抜け出すなど容易かっただろう。一瞬だけでもこうして自分の下に組み敷かれてくれた事に感謝しなければならない。ああ、なんだっていうんだ、こんな思いをするために恋をするというのだろうか。
「魔理沙」
 最後に手首を離そうとしたら、アリスが下から魔理沙の手首を捉えて引き倒した。眦に溜まった涙を見てから彼女の顔を正視できていなかった魔理沙は、その引力に逆らえずにアリスの上に無遠慮に倒れ込む事になった。それでも彼女に痛い思いはさせたくなくて、咄嗟に自由な方の肘をソファに突いて体を支えた自分の反射神経は大したものだと思う。
「いかないでよ」
 細い声が魔理沙の耳元で震えた。魔理沙の腕を引いたアリスはそのまま、その魔理沙の腕に顔を押しつけて表情を隠した。熱くて湿ったものが魔理沙の皮膚から感じ取れたので、あの涙はたぶん嘘ではなかったのだと思う。では、この言葉は。この状況は一体何だというのだろう。
「アリス」
「言うだけ言って、何よ、なんなのよ」
 畳みかけるように目眩く変化についていけない魔理沙がアリスの名前を呼んでも、アリスは返事を寄越してくれなかった。ただ、魔理沙がアリスの手首を拘束したときよりも、いまアリスが魔理沙の手首に縋り付く力の方が強いような気がした。それはもちろん、きっと魔理沙の期待だと分かってはいるけれども。
「だって意味がないわ、私たちが恋に落ちてなんだっていうの、あなたは人間だから私を残して死んでしまう。絶対に嫌、そんなのは嫌よ、だから私はこれ以上あなたに踏み込みたくないの」
「意味が無いだって」
「そうよ、私たちは違うモノよ」
「じゃあ意味なんか無くたっていいだろ!」
 アリスの言う言葉は痛いほど理解してやる事も出来るような気もしたし、全く理解できないような気もした。所詮彼女と魔理沙は違う種族で、必然的に寿命も違う。アリスが生きられるだけ生きたとしたら、魔理沙といた時間なんて彼女の生きた時間のうちほんの一瞬だろうと分かっている。だから、アリスにとってこの営みが無意味だというのならば、魔理沙にとってだけでも意味があればいいと思った。
「嫌よ!」
 アリスから帰ってきたのは思いの外険しい拒絶だった。
 そんなに否定ばかり並べ立てるならば期待させなければいいのに、と魔理沙は悲しくなった。アリスが若しかしたら魔理沙の隣で笑ってくれるかも知れると言う事を知らなければ、魔理沙だってアリスに恋をしなかっただろう。押しつけられるアリスの額を撫でてやれたら、どれだけ魔理沙がそれだけで幸せか、アリスは考えもしないのだろう。
 打って変わって口調は細かった。
「意味なんて無いわ、でも意味が無いなんて。嫌よ。私だって、こんなに魔理沙の事が好きなのに、魔理沙、ずっと一緒にいたいよ、私、どうしたら良いのかしら、こんな気持ちになるなんて」
 全ての口調が悲痛で、魔理沙は残酷な事に、それがとても嬉しかった。魔理沙の事を考えて、アリスがこんなにも追い詰められるという事実。嬉しいと思っている自分も愚かだが、そこまで見越しておきながら恋に落ちたアリスも馬鹿だと思う。
 魔理沙はアリスの押しつけてくる顔ごと、ソファに押しつけた彼女の体を抱きしめた。アリスも今度は抵抗しなかった。ただ、魔理沙の首の後ろにゆっくりと手を回して、顔は見せたくないのか、魔理沙の鎖骨辺りに額を押しつけて、声を殺して泣いた。
「厄介なもんだな」
「私が?」
「恋なんて」
 なんで、分かってるのに落ちるんだろう。
 アリスからは、そうね、という、静かな声が帰ってきた。

【夏の余所行き】
 アリスは、古今東西の女性の衣装に詳しい。それはもちろん人形に着せる服のことを考えているためで、別に人間に興味があるわけではないらしい。ただ、幸いにして、外の世界の衣装の本はたやすく手に入るのだそうだ。見本を手に入れたからといって、それを小さなサイズの人形のために真似るのことができるのは、アリスの手先が器用に動くからだが。
 だから魔理沙は、アリスが、浴衣という、一枚で着られる服があるのよ、と言っても驚かなかったし、それを作ってみたのよ、と言われても驚かなかった。ただ、今回はどんな人形を作ってるんだ、と聞いてみたときに返ってきた返事には驚かされた。
「あなたのサイズよ」
「は?」
 新しい衣装を作ったと言うから、またてっきり、人形の衣装の話だと思っていた。確かに、繕いものなどは自分でできるのがアリスだし、魔理沙だってボタン付けをアリスに頼んだりもする(それくらいは自分でやりなさいと怒りながら、アリスはいつも魔理沙の落としたボタンを付けてくれる)。それでも、アリスが、まかり間違っても、魔理沙に着せる服を作っているとは聞いていない。
 アリスは、魔理沙が驚いたことに、逆に驚いたらしかった。なあにその大げさな反応は、と文句を言ってきた。だが、基本的に視野がすべて人形に向いており、動いているものより、自分がものを動かす方に集中しているのがアリスだ。よりにもよって魔理沙の服を作っていただなんて、驚いても仕方がないと思うのだ。
 これがその浴衣というものでね、と言ってアリスが出してきた浴衣という衣装には、やはり魔理沙は見覚えがなかった。上海と蓬莱がぶら下げている衣装の丈は、魔理沙の背丈そのものよりも長いのではないだろうか。いや、裾が地面からだいぶ浮き上がっているあたり、密かに背の低いことを気にしている魔理沙に対する人形たちによる嫌がらせかもしれない。
 傍らにはひもと、帯もあった。言われてみれば、漢字の名前を持つ妖怪に、こういった帯を締める者が多いような気がしないこともない。アリスが参考にしたのも、きっと東洋の衣装なのだろう。
「着てみてくれる?」
「ああいいぜ、でも随分と丈が長いんだな」
「大丈夫よ、そういうものだから」
 アリスの前でスリップ一枚になることについては、何の抵抗もなかった。強いて言うならばアリスのこともベビードール一枚にしたいとは思うけれども、そういう場面でもないのに無理を強いるのは、魔理沙の主義主張に反する。アリスにはいつだって笑っていて欲しいと思う。
 袖を通してみると、涼しい素材だな、と思った。濃紺に、淡い黄色で花の刺繍がされている。装飾品には疎い魔理沙でも分かる。その刺繍はきっとアリスが自分の手で施したものだ。
 夏がやってきて、すっかり昼間は外に出ていられないほど暑くなってきた幻想郷で、そんなふうな細かい仕事をアリスが一人でしていたのかと思うと、なんだか不思議な心地がした。夜に訪ねたアリスの家も、じんわりと行き渡る水の魔法の温度調整がなければ、きっとものを着てみるという気には、到底なれなかったと思う。
 案の定、袖を通した浴衣は床に擦っていたが、その裾を魔理沙のくるぶし丈くらいにあわせて、アリスはひもで腰あたりの布地をぎゅっとしめた。なるほど、これでは余った布地が床を張ったりしない。一枚の布で着丈を調整できるというのは、悪いものではない。
 魔理沙は、はみ出た自分のくるぶしを見ていた。
 目の前で、前に後ろに動きながら浴衣を着付けていくアリスを、どうしても直視できなかった。魔理沙は浴衣というものをどうやって着たらいいのか知らないので、アリスにされるがままだ。そうすると、どうしても彼女は屈んで魔理沙に奉仕するように振る舞うしかない。アリスにはそんな自覚はまさかないだろうけれども。
(あー……)
 普段、魔理沙にとって、アリスの方が背が高いというのはちょっとしたコンプレックスだ。そのアリスが、自分の顔よりも下で、自分のことをどうにかしようと奮闘してくれているのである。
 胸元で二本目のひもを締めあげる。ゆるむと困るからきつく閉めなくてはならないのはわかるけれども、油断していた魔理沙は、ぐえ、と間抜けな声を上げた。黙々と、それこそまるで人形に衣装を着せるように作業をしていたアリスが、それで、はっと顔を上げた。
「苦しかった?」
「いや大丈夫だ、続けてくれ」
「そう、よかった」
 少し屈んだところから見上げてきて、青い目をまるめて笑うアリスがたまらなくいとおしかった。脇の隙間から手を入れられて驚いたけれども、確かに胸の下で余っている布地を整えなくてはせっかくの服がしわになる。
「ああ、似合ってるわ」
 上海と蓬莱に手渡された帯を手にアリスはつぶやいた。二体の動きはそれほど精密ではない。アリスから送り込まれる魔力を失って、静かにふよふよと漂っているだけだ。それだけアリスが人形ではなく、魔理沙に集中しているという証拠だった。
 アリスの声に促されるように魔理沙は姿見を見た。濃紺の生地にちりばめられた大柄のまばゆい花は、まるで夜空に広がる魔理沙お得意のスペルカードのようだった。もしアリスがそこまで考えてくれていたのだとしたら、魔理沙は、完敗だと思った。
「なあ、アリス」
「なあに?」
「なんで、これ、作ってたんだ?」
 魔理沙は尋ねた。
 アリスは、ひとつの制作に没頭するとなかなか動かなくなる。なので、魔理沙は近頃、アリスの家に遊びに来ては、縫い物をしている彼女の様子だけを見て、夕飯くらいだけは食べて、それ以上の、おつきあいらしいことはなにもせずに帰るという日々が続いていた。
 けしてそれを責めているわけではない。ただ、アリスがそうやって制作に集中するものと言えば、たとえば人形だとか、スペルカードの構成だとか、そういう種類のものばかりで、よりにもよって魔理沙に浴衣を作るためにそこまで必死になるなんて思わなかったのだ。
 聞かれて、アリスは、一秒おいてから、ぼ、と顔を赤くした。その反応に驚いたのは魔理沙のほうである。アリスのそんな反応は、近頃ではついぞベッドでも見たことがない。
「なん、だか」
「うん」
「作りたくなって」
 応えながらも、アリスは、刺繍糸と同じような色合いの帯で顔の半分くらいを隠している。帯の色は、やはり、夜空を切り裂くマスタースパークの色と、よく似ているような気がした。あるいは、彼女が隠そうとして隠しきれないでいる、魔理沙よりももっと白味の強い金色の髪にも、似ている気がした。
「外の世界では、これ、いつ着るんだ?」
「お、祭り、とか」
 魔理沙は、ああ、と唸った。
 言われてみれば、博霊神社の祭りが近いのとかなんのとか、そんな新聞広告を最近見た気がする。魔理沙にしてみれば博霊神社でお祭りをするのは毎日のことなので特別ではないのだが、あるいはアリスだってなにもその祭りが特別だというわけではないはずなのだが。
 それでも、新聞広告を見たアリスにとっては、何かの理由があって特別な日なのだと思う。アリスのことだ、博霊神社で騒ぎを起こすといういつものことを、どんな理由があって特別視しているのかは、きっと魔理沙には教えてくれないだろう。けれども、特別なのだ。それで十分だ。
 特別なんてものは、人それぞれに定義が異なっている。魔理沙にとってどうということのないその博霊神社の祭りの日が、アリスにとって特別になったのならば、魔理沙にとってもその日はきっと特別になると決まっているのだろう。
「なあ、アリス」
「なによ」
「私にも、浴衣の着つけ、教えてくれよ」
「なんで、」
「それで、神社の祭りの日に、おまえに着せてやる」
 アリスは今度こそ真っ赤になって、帯で顔のすべてを隠しながらしゃがんでしまった。魔理沙は、だから、いっしょに向かい合わせでしゃがんで、アリスのことをぎゅっと抱きしめた。しゃがみこんだら、二人の背丈はそんなに変わらなくなるから、このまま床に押し倒してもアリスは怒らないかなぁ、最近浴衣つくるのに必死だったからご無沙汰だし、とか、そんなろくでもないことを考えるのだ。
 夏だから、アリスの涼しげな容貌を暑くするくらい、至って仕方のないことだと思う。魔理沙は自分にそういい聞かせた。何せ、アリスにまったく抵抗する気なんてないのだ。たぶんだけれども、この魔理沙の予想には、はずれがあるはずがない。
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